3歳の半年間を病院で過ごした親子。
基本的には、怪我をするかもしれないものは持ち込み禁止。
ベットから落としたものは、アルコール消毒。

遊びたい盛りの年齢だから、過ごし方に悩んだ。
- 子どもの遊びに興味のある人。
- 子どもの長期入院の情報がほしい人。
入院中でも、子どもに遊びは必要。


治療が始まって最初の1クール目は、手探りの日々だ。
何もかもが、初めての生活なのだ。
日々を過ごすだけで精一杯。
異変に気づいたのは、1ヶ月が過ぎる頃だった。
情緒不安定になったムスコ。かあちゃん、ベットに登る覚悟を決める。
いつもはご機嫌でニコニコ顔がトレードマークのムスコが、不機嫌になった。
グズるように泣く。



これは、情緒が不安定になってる?
実は最初の1ヶ月目は、怖くてムスコの使うベットに上がれなかった。
ドラマで見かけるように、白血病の治療はクリーンルームで行われる。
ベットの頭側には、大型の空気清浄機が常に稼働している状態。
一番危険な時期には、透明なカーテンの中でムスコが一人で過ごす。
かあちゃんがカーテンの内側に入る時には、空気清浄機のボリュームを最大にして入る。



怖くて、カーテンの中に入らずにカーテン越しに読み聞かせをしていた。
ムスコの異変は治療が2クール目に入り、カーテンが引かれた時だった。



だめだ。怖くても、ベットの中に入らなければムスコの心が壊れる。
覚悟を決めて、空気清浄機を最大にしてベットに登る。
かあちゃんの膝の上に座らせて、絵本の読み聞かせをはじめた。
絵本の読み聞かせの効果は驚異的。数日で元のムスコに戻る。
看護師さんからは、カーテンの中に入っても大丈夫と言われていた。
安全のために空気清浄機とカーテンがあるのだから、入ってもいいのだ。
単純に、かあちゃんが細菌や感染症を外から持ち込むのが怖かった。
膝の上でかあちゃんに絵本を読んでもらうムスコを見て、先生方も笑顔だった。



いいね。一番うれしいよね。
数日で、元のムスコに戻った。



絵本の読み聞かせの効果はすごいと実感した。



透明のカーテン越しに見る景色は、今も覚えている。あれは一番嫌だったんだ。
折り紙なら病室に持ち込める。けれど3歳男児に折り紙は難しい。
折り紙なら、ベットから落としてもゴミとして捨てられる。
病室での遊びとしては、古典的なグッズだ。



でもね。3歳児が夢中で遊ぶものではないんだよね。
隣の病室の中学生のお姉さんは、薬玉を作っていた。
3歳のムスコにできるのは、輪飾りくらい。
ハサミを持たせることはできない。
誤って点滴のルートを切るかもしれないし、そもそも怪我は厳禁だ。



輪飾りを作るのも、病室ではハードルが高いのだ。
看護師さんの使っている、医療用のテープに目がいく。
輪飾りを作っている時に、ふと看護師さんが使っているテープに気が付く。



医療用のテープだから、殺菌の問題はクリアできる。しかも、手でテープを千切れる。
看護師さんが分けてくれたテープをムスコに使わせて見ると、一人で千切れた。



これ、欲しい。



これなら、のりの代わりに使えるね。
のりはどうしても手につく。
基本的にベットから出られないムスコの手を洗うのは、大変な作業なのだ。
小児科病棟の名物部屋の出来上がり。
作った輪飾りは、使わないと面白くない。
ムスコの指図通りに、カーテンの内側に飾り付けをする。



ムスコのお気に入りはやっこ。
やっこに顔を描き、テープで止めて手を繋いだ状態にして遊んでいた。
ムスコは飾った輪飾りに、さらにテープをたらしてやっこを飾る。



見た目は、昔のハエトリテープ。
かかっているのは、やっこーず。(かあちゃんの造語です。)
やっこーずは、病室の名札にも飾った。



退院直前の部屋移動の時も、やっこーずは一緒。
後日病院内で飾りつけたお部屋が、「Mちゃんワールド」と呼ばれていたことを知る。
しばらくすると隣の病室の4歳の女の子が、ムスコの部屋を見て「同じことをする。」と輪飾りでベットを飾っていた。



先生は何も言わなかつたけれど、楽しんでいたらしい。
大好きな砂遊びを忘れないでほしい。


入院前には、毎日公園へ出かけて砂遊びをしていた。



掃除機をかけ始めると、玄関で出かけるのを待っていた。
入院中は砂にはさわれない。
退院したらまた遊ぼうねという気持ちで、大きなシャベルのおもちゃを買って病室に届けた。



今までの日常が続くよという気持ちで病室に持ち込んだんだけど。
大喜びしたムスコは、そのシャベルをギターに見立てて遊びだした。
Eテレの番組のマネをしたのだけど・・・
当時のEテレの番組で、芸人さんがギターを奏でながら歌を歌うシーンがあったのだ。
歌の最後に、ギターの表面を叩いて「カン」と鳴らす。
そのマネをしたのだが・・・



♪カン。
勢い余って、シャベルが額にぶつかった。



あーーー。
見るまにたんこぶ。内出血。
大急ぎで、ナースコールをして先生が飛んでくる。
実は、研修医の先生のリクエストで歌っていたので、研修医の先生も顔面真っ青。
間の悪いことに、カーテンが引かれた注意が必要な時期だった。



ストレスがたまる時期だから、シャベルを届けたのだけど裏目にでた。
乳児用のベット(ゴリラベット)に交換。



困ったなあ。やっぱり柵の高いベットにしよう。
実は、あまりにベットの中で動くので乳児用のベットに変えようかと言われていた。



柵の高いベット=ゴリラベットと名付けて、ゴリラにならないようにおとなしくしておくんだよといつも言っていた。



ゴリラはいや。ゴリラにはならない。



????
先生にはなんのことかわからない。
抵抗虚しく、ゴリラベットに変えられた。
ゴリラベットの中で、ゴリラ化する。
柵の高いベットの中で、柵に顎をのせてこちらを見るムスコ。



本当に動物園のゴリラになっちゃった。



ゴリラじゃないもん。



そうだね。
3歳児のすごいところは、どんな状況でも日常にできるところ。
目の前にかあちゃんがいて、絵本を読んで遊んでくれたらそれでOK。
シャベルは取り上げられたけど、今度はベットの中を歌いながら歩き回る。



考えてみたら、柵が高いから動き回っても飛び出す心配がなくなったんだよね。
ゴリラベットになって、動きがさらに活発になった。
点滴のルートが絡まる。
1週間に一度のルート交換が、間に合わない。



ルートが1週間持たない子は、はじめてよ。



・・・
ちょっと伝説を作ってしまったようだ。
病室で、親子で歌ったり踊ったりしていた。
クリーンルームを出る日まで、Mちゃんワールドのお部屋にいた。
退院する直前まで、病室の名札にはやっこーずがいた。
無事に退院して、80キロ離れた自宅に帰る。
その2年後には、転勤により転院する。
3年後に小児科医としてその病院に赴任したかあちゃんのいとこが、びっくりして言った。



ちょっとMちゃん、有名なんだけど。
流石に今は、もう忘れられているはず。



実は、小児科に行くとベテランの看護師さんは下の名前で呼んでくる。



伝説の片鱗が残っているのかな?